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アメリカ人初の女性宇宙飛行士、サリー・ライドの思い。
November 29, 2016

サリー・クリステン・ライドは1951年5月26日に生まれ、子供時代をロサンゼルスで過ごした。高校卒業後スタンフォード大学に進学し、物理学と英語を専攻する。
1973年ともに学位を修めたが、同大学院にて物理学の履修を継続し1975年に修士号、1978年には博士号を習得し、スタンフォード大学特別研究員となった。
同年、ライドはいよいよ宇宙飛行士への道を切り拓くチャンスを得る。
8,000人超の応募者の中からわずか35人(うち女性は6人)が選出されたNASA宇宙飛行士候補生。彼女はその一員として立派に名を連ねたのである。
ライドは厳格でしかも過酷なトレーニングに屈することなく果敢に挑戦をつづけた。そして遂に1983年6月18日歴史に名を刻むこととなるその日を迎えるのである。彼女はアメリカ人初の女性宇宙飛行士としてチャレンジャー(STS-7)に搭乗、ミッション・スペシャリストとして衛星の配置などを担当し6月24日に帰還。見事にミッションを完遂に導いたのである。
翌1984年10月にもミッション・スペシャリストとしてスペースシャトルに搭乗。その後、彼女にとって3度目のフライトが予定されていたが、1986年1月28日に起きたチャレンジャーの爆発事故により中止になってしまった。この事故を受けて、NASAは原因究明に向け調査委員会を立ち上げるが、ライドはそのメンバーに任命される。因みにライドは2003年のコロンビア墜落事故においても調査委員を務めている。
NASA退役後の1989年、ライドはカリフォルニア宇宙協会会長に就任、またカリフォルニア大学サンディエゴ校で物理学教授として教鞭にも携わった。
2001年、ライドは自らの会社「サリー・ライド・サイエンス社」を設立。科学教育の普及推進、特に少女や若い世代の女性をターゲットに設定し科学や数学に興味を持たせるためのシステム・教材の開発を目的とした。ライド自らが校長・CEOに就任したのは言うまでもない。
彼女は科学や宇宙分野で数々の栄誉に浴しているが、特筆すべきはオバマ大統領が2013年、文民に贈られる米国最高位の勲章である「大統領自由勲章」をライドに授与したことである。
先だってケネディ宇宙センターにオープンした「Heroes and Legends」にも殿堂の一人として肖像が公開されている。(上記写真)
2012年7月23日、17か月にも及ぶすい臓がんとの闘病も虚しく、61歳志半ばでライドはこの世を去った。生前、彼女がJAXAのインタビューに応えた記事がある。
「自らの研究と経験を生かして力を注いでいるのが、子供や教員を対象とした科学教育です。科学がいかにワクワクする面白いものなのか、そして科学の様々な分野についてどんなことを学ぶべきなのか、子供や先生たちに伝えていきたいと思っています。」
「宇宙へ行きたいという気持ちは、子供のころからずっと私の心の底に根差していたものです。もし宇宙へ行きたいという子供がいれば、私は迷わず「ぜひ、行きなさい」と勧めます」
サリー・クリステン・ライド - 初めて宇宙に行ったアメリカ人女性。そのパイオニア精神と彼女の名前は常に私たちの心に宿っている。
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